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読書日記

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2012/07/26

「のだめカンタービレ」二ノ宮知子・作

Tweet ThisSend to Facebook | by:akiko
なぜ今、このタイミングなのか、全く説明がつかないのだが、全25巻を読んだ。
最初はTVの単発ドラマで、次は映画。ここまで面白いのだから、原作漫画もさぞ面白いに違いないと感じてはいた。原作漫画を読みたい衝動は、港区図書館蔵書検索でヒットして、一気に昂まる。
しかし、図書館での予約を入れる際に、本のリクエストは10冊までという制限から、この本はシリーズ2冊ずつ借りることになった。件の図書館には、既に他に小説をかなりの冊数予約を入れていたからだ。
2冊予約、2冊貸出、そしてまた2冊予約。なかなか規則正しい順調な滑り出しで、映画化によるブームも去った今頃、読みたいと予約を入れているのはきっと私くらいだろう、と考えていたのだ。
ところが、他に借り始めた人がいるらしくて、13巻14巻まできて、貸出中が出てきた。これは順番予約しなくては継続して読めない!と感じた。しかし、この図書館は、漫画は巻数の順に貸出す順番予約は想定していないというのだ!
貸出担当の青年に権限もなく、図書館の方針であるのだろう。青年の説明は「漫画は巻数が多く、順番予約にすると、色々な人が借りていて、永久に全巻読めないことになりますので、入手出来るものから読んで下さい。」「本の場合は上下巻ものなど順番予約をしてますが、漫画では対応しません。」とのこと。
それでは、あの「徳川家康」や「チボー家の人々」でも順番予約はしないのだろうかという疑問は湧いたが…ここは、図書館の方針は方針として受け入れよう。
だが、ここで黙してはいけない。「…分かりました。でも、要望は上に伝えて下さい。図書館が漫画を貸出すのならば、それは書籍として扱っているではないですか。それならば、順番に貸出す対応も今後考慮に入れて下さい。」果たして、この声は、遠吠えと解されたかは分からない。
図書館が対応しないので、自ら順番予約を試みなから、21巻まできた。運命の21巻は、ボールペンで落書きだらけ!の本だった。こんなに虐げられた本は読めない、読みたくない!
その日、会社帰りに、iPhoneは活用された。ブックオフは味方だ。オンラインショップで価格チェック。帰り道の電車の駅から歩いていける、店舗を探した。店舗に到着し、漫画の棚に行くと、買い物籠に25巻入れてレジへ進む。これは、大人買いだよ!

ということで、読み切った25巻。過剰な情報として、音楽が映像作り手の都合では流れてこない音楽漫画は、それ故に価値があり、逆に私の頭の中ではずっと音楽が流れ続けることになった。不足または足りないことが、想像力を養うということだろうか。
また、全体を通して、天才はあるのではなく天才として育てられるのだ!というメッセージを強く感じた。
今更だか、「さあ楽しい音楽の時間デス!」音楽をもっと聞きたくなる作品だ。
21:20 | 投票する | 投票数(1) | コメント(1) | トラックバック(0) | 本・雑誌
2012/05/30

世界の陰謀論を読み解く

Tweet ThisSend to Facebook | by:shinji
「世界の陰謀論を読み解く - ユダヤ・フリーメーソン・イルミナティ」(辻隆太朗 著)

陰謀論は魅力的だ。

「陰謀論」とは、一般的に
①ある事象についての一般的に受け入れられた説明を拒絶し、
②その事象の原因や結果を陰謀という説明に一元的に還元する、
③真面目に検討するに値しない奇妙で不合理な主張とみなされる諸理論。

=何でもかんでも「陰謀」で説明しようとする荒唐無稽で妄想症的な主張。
だが、陰謀論は想像以上に人々に受け入れられている。

さまざまな陰謀論があり、その主張する内容のバリエーションも無数だが、
陰謀論の中核にある要素-論理構造や主張の裏にある心理、しばしば採用される話題-などは驚くほどのワンパターンだ。

陰謀論者の主張というのは大体が、
最近世の中ではいろいろとおかしなことが多すぎる。
私はそれに異議を申し立てているが、世間は聞く耳を持たない。
どうやら善良な市民の知らないところでとてつもないことが進行しつつある。
私はそれに気づいてしまった。それを公表したところいろいろな妨害にあった。
これは私が正しいからこそである。

という論法だ。陰謀の主体がユダヤだろうがフリーメーソンだろうが、宇宙人だろうが結局は同じである。


00:42 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0) | トラックバック(0) | 本・雑誌
2012/04/17

「猫を抱いて象と泳ぐ」小川洋子・作

Tweet ThisSend to Facebook | by:akiko
 私はチェスは覚えなかった。マスターに出会えなかったし、リトル・アリョーヒンとも縁がなかった。チェスのイメージは西洋将棋なのだが、なぜか敷居が高いように感じていた。
 少年がマスターと出会ってチェスを学び、リトル・アリョーヒンへと導かれる過程は、運命としかいいようがない。リトル・アリョーヒンはリトル・アリョーヒンになるために、デパート屋上の象のインディラのエピソードを教訓とし、壁と壁の隙間に挟まって出られなくなった少女のミイラを友として、猫のポーンを撫でながら、マスターにチェスを教わるのだ。
 チェスを教わっている時の少年は幸福な時間を過ごしていた。いや、チェスをしている時は、その後のどの瞬間も、いつだって幸福だったのだ。
 どうして少年がその選択をしたのかではなく、限られた可能性の中でチェスを生業とできる唯一の選択だった。だが、少年が少年のままの姿を選択し、箱に納まる度に、私もまた息苦しく感じていた。少年がチェスの海を泳ぐ時、そして眠る時、私もまた海を泳ぎ、そして深く眠っていた。
 不思議なトランス状態を呼び起こす、物語である。
22:34 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0) | トラックバック(0) | 本・雑誌